昼はOL、夜はキャバクラ嬢 | お酒と過労・ストレスでまさかの痛風に

昼はOL、夜はキャバクラ嬢 | お酒と過労・ストレスでまさかの痛風に

昼はOL、夜はキャバクラ嬢 | お酒と過労・ストレスでまさかの痛風に

 N.Kさん(女性)、30代、専業主婦 

痛風と医者に言われてもピンときませんでした

私は現在は専業主婦をしているのですが、20代までは昼も夜も働き詰めの生活を送っていました。痛風になり始めたのは、仕事の忙しさがピークに達していた時です。症状が現れる前は全く何も前兆がなかったので、普段通りの生活をしていました。

しかし、ある日の夜、突然足の親指の付け根に激痛が走り、立ち上がることもできない程の痛みに襲われました。翌日も仕事だったので、最初は鎮痛剤を多めに飲んで痛みに耐えることを考えていたのですが、あまりの激痛に断念して、結局病院に行きました。

検査の結果、「痛風」だと告げられたのですが全くピンときません。なぜなら、痛風とは男性の病気であり、中高年がなるものというイメージがあったからです。20代で女性の私が、痛風なんてかかるわけがないと疑いましたが、私の生活習慣は痛風を引き起こす要因を多く抱えていました。

痛風になってからは仕事を休みがちに

私が痛風を患ってから一番困ったことは、痛風発作が起こった時は痛みに耐えられず、仕事を休みがちになってしまったことです。

当時、私は昼間はアパレル販売員として、夜はキャバクラ嬢として働いていました。しかし、痛風になってからは眠れない程の痛みに襲われることもあり、仕事に差し支えるようになりました。足が腫れあがって熱を持った状態が続き、靴下さえ履くことができません。部屋から出ることが出来ないため、仕事はもちろん、日常生活にも支障が出ることが何度もありました。

そうした経験が続いた後、痛風を改善するために、主治医の指示に従って生活習慣を正そうと決意しました。

生活習慣を変えるため仕事を辞めました

主治医には「今の生活を180度変えないと痛風は完治しません」とハッキリと言われてしまいました。私の毎日はストレスの塊のような生活でした。私の性格上、仕事でストレスを感じるとお酒や過食に逃げてしまい、うまく発散することが出来ません。

痛風が発症した頃は、仕事の忙しさがピークだったので、心の負担もピークに達していました。キャバクラではお酒は飲まなくてはいけなかったので、水の代わりにお酒を飲むような習慣にいつしかなっていました。典型的なアルコール依存症です。依存症の患者は痛風を発症しやすく、心の病気でもあるので中々改善することは難しいのです。

私も医師から依存症と聞かされた時はショックでしたが、完全にお酒を断つことは難しいことでした。生活習慣を大きく変えるというのは相当な努力が必要です。でも、これから痛風の痛みに耐えながら生きることの方が苦しかったので、生活習慣を改善するために仕事を辞め、休養しながら規則正しい生活を取り戻すことにしました。

病院での薬物治療と食事治療を行って

それからは、病院の力も借りて痛風の治療に取り組み始めました。薬を定期的に飲み、食事面では栄養士の指導の元、献立表通りの食生活を送ることにしました。痛風という病気は治療を続けても「完治」がないと言われていたのでショックでしたが、発作の回数を減らすためにという心構えで取り組みました。

食事はアルコールはもちろん、脂っこいもの、スナック菓子、塩分が高いものなどは禁止され、海藻や野菜、果物などを多く摂取するようになりました。また、水分はかなり多めに摂るように言われ、一日に2ℓ以上の水を飲むよう習慣付けました。その他、ジョギングと水泳で適度な運動や、ストレス解消など、自分でできることは全て行いました。

治療を始めて一年、今のところ痛風の症状は全く出ていません。定期的に検査を行っていたのですが尿酸の数値はかなり下がり、改善を実感しています。

しかし、油断は禁物です。以前のような生活に戻ってしまうと簡単に再発の恐れがあると厳しく言われ、現在も治療していた時と同じ食事メニューを続けています。アルコールも痛風の痛みが怖くて一切飲むことができなくなりました。

このように、痛風で色々と苦しい思いをしてきましたが、今思うと、もし痛風にならなかったら私はもっと辛い人生を送っていたのかもしれません。痛風を改善する為にお酒を止めることも出来ました。重い病気を発症して取り返しがつかなくなる前に、身体が悲鳴をあげてくれて良かったと感じます。

これからも生活習慣をしっかりと正し、健康的な毎日を送りたいと思っています。